「歯列矯正ってした方がいいですか?それともしない方がいいですか?」そんなご相談をいただくことは非常に多くあります。しかし、歯並びを改善するために矯正治療を受けるべきか否かについては、その個人によって大きく異なるというのが専門医としての本音です。歯並びや噛み合わせに問題がある場合、一般的には矯正治療が効果的とされていますが、実際にはすべての人にとって必要というわけではありません。
今回は、「矯正治療が適している人とそうでない人」について、専門医の視点から包み隠さずに本音でご紹介していきます。
矯正治療は絶対に必要?
冒頭でお話ししたように、歯列矯正は必ずしも全ての人にとって必要な治療ではありません。歯並びと噛み合わせが、口腔機能や美しさに悪影響を与えていない場合には、無理に治療を行わなくても問題はないのです。
しかし、以下の3つの状況に当てはまる場合、歯列矯正を推奨されることがあります。
1. 噛み合わせに問題がある
噛み合わせが正しくない場合、食事や発音に影響が生じることがあります。
例えば、食べ物を噛みくだく際に、上下の歯がうまく噛み合わず咀嚼に苦労したり、十分に咀嚼できず飲み込むことで消化不良を起こす可能性も考えられます。
さらに、噛み合わせの悪い状態が長期間にわたって続くことで、歯の摩耗や歯の破折、顎関節の負担増加による痛み、顎関節症の発生などを誘発することも大きな問題点です。
2. セルフケアが困難である
歯列に問題があることから歯磨きなどの清掃が困難で、虫歯や歯周病のリスクが高まる場合は歯列矯正が推奨されます。
歯列にガタガタがあると、毎日のセルフケアで使用する歯ブラシやフロスが、歯と歯の間や歯の表面にしっかりと当たらず、食べかすや細菌の集合体であるプラーク(歯垢)がたまりやすくなります。歯磨きが不十分な状態が続きやすいことから、プラークが蓄積して繁殖を続け、酸や細菌の影響を受けることで虫歯や歯周病の発症・進行のリスクが高まってしまうのです。
3. 見た目に悩んでいる
歯並びや噛み合わせにコンプレックスを抱いている場合も、審美性を改善するための矯正治療をおすすめします。矯正治療によって歯の位置や咬み合わせを改善することで、美しい口元を得ることが可能だからです。
歯列に関する具体的な外見の悩みとしては、歯のガタガタや出っ張り、歯列の隙間などが挙げられるのではないでしょうか。これらの悩みが原因で自分の笑顔に自信が持てなくなってしまい、口元を手で隠したり、対面でのコミュニケーションを意図的に避けたりするケースも多く見受けられます。外見の悩みの影響範囲は広く、自信の喪失だけでなく、仕事やプライベートでの交流さえも制限してしまう可能性があるのです。
さらに、歯並びや噛み合わせの問題は顔の印象にも大きな影響を与えます。歯が正しく並んでいないと、顔のバランスが崩れたり、マイナスな印象を与えたりすることも考えられるでしょう。
以上のように、歯並びに関する見た目のコンプレックスがある場合、歯列矯正を通じて歯の位置や咬み合わせ、顔の調和を改善することで、自信を回復させる大きなきっかけとなります。
歯列矯正の目的
矯正治療は、具体的にどのような目的で行うと思いますか?ほとんどの方は、「歯のガタガタなどを改善して見た目を良くするため」とお答えするかもしれません。しかし、これは本来の目的とは少し異なります。
矯正治療は、患者さんが悩んでいる外見上の問題を解消することも重要ですが、審美性の改善に加え、「機能的問題の改善」を目的に治療を行ないます。
機能的問題には、顎機能異常(口の開閉がしにくい)や咀嚼・嚥下障害(正常に噛んで飲み込めていない)、構音障害(発音がうまくできない)等が含まれています。
つまり、矯正治療の目的はただ見た目をよくするだけでなく、口腔機能が正常に働くように治療することで、「日常生活に欠かせない会話や食事を生涯にわたって快適に楽しむため」と言って良いでしょう。
矯正治療のメリット
審美性の向上
矯正治療では、歯並びを正常な位置に動かすことで、歯列が美しくなるだけではなく、正面や横顔の美しさを高めることが可能です。
例えば、前歯が突出していたり、顎の位置が不適切だったりする場合は、矯正治療によってそれらを調整し、顔全体の調和とバランスを取り戻すことができます。また、矯正治療により、歯並びを左右対称に配列することで、顔の印象が均一になり、口元の審美性が向上します。
咀嚼機能が上昇
歯並びが悪く、噛み合わせに問題があると、食べ物を適切に咀嚼することが難しくなりますが、矯正治療をすることでこの咀嚼機能が改善され、食事の摂取が容易になります。
これは、治療によって歯並びが修正されると、咬合が正確な位置で行われ、食物を安定して噛む能力が向上し、硬い食材や食べにくい食べ物を十分に咀嚼できるようになるためです。
発音の改善
歯列不正は、私たちに欠かせない会話の発音にも影響を及ぼします。
特に重度の歯列不正では、歯並びが悪いことで舌や唇の動きが制限され、滑舌や発音に影響が出てしまうのです。矯正治療によって歯並びが改善されると、これまで発音の妨げとなっていた原因が消失し、舌や唇が動きやすくなることで発音の改善が期待できます。
歯の健康促進
歯のガタガタや捻れの症状が重い歯並びは、歯ブラシやフロスなどが届きにくいことから、プラークや歯石が蓄積しやすい傾向にあります。
矯正治療で歯列の凹凸を取り除き、セルフケアが容易な口腔環境に整えることで、歯の健康を維持しやすくなることも矯正治療のメリットと言えるでしょう。
矯正治療のデメリット
治療期間が長い
歯列矯正は個人の状態によっても異なりますが、一般的に数ヶ月から数年にわたる長期間の治療が必要です。治療に要する期間が長いことから、治療中の悩みや不安も多く生じてしまいがちです。
また、治療期間中はどんなに忙しくても、定期的に歯科医院への通院や口腔ケアの徹底が求められます。途中で治療をやめたいという気持ちになっても、歯並びや治療費の問題から簡単にはやめることができないため、一定の忍耐と努力が必要です。
経済的な負担が大きい
歯列矯正は厚生労働省が定める疾患を除き、どんなに歯並びが悪くても健康保険が適用されません。そのため、治療における全ての処置が自費診療となり、治療方法やクリニックによって差はありますが、歯並びを全体的に治すとなれば100万円前後の高額な治療費が必要になります。
気軽に受けられる治療とは決して言えない歯列矯正は、治療を始めるにあたり経済的な負担が大きいこともデメリットです。
日常生活への影響
矯正治療中は、ブラケットやワイヤー、マウスピースなどの矯正装置を使用します。今まで口腔内になかったものを装着することから、食事や口腔ケアなどの日常生活における制約が生じることがあります。
特に治療を開始した直後は矯正装置に対する違和感が生じやすく、口腔内の不快感だけでなく、発音に影響を与えることもあるでしょう。こういった影響は次第に慣れていきますが、治療期間中は食べ物の摂取制限やセルフケア、装置の使用方法等をしっかり守る必要があるため、仕事やプライベートへの影響も少なからずあり、それは治療前に知っておくべきデメリットの一つと言えるかもしれません。
矯正をした方がいい歯並び
八重歯(叢生)
歯並びの凸凹「叢生(乱行歯)」でもある八重歯の治療を推奨するのは、歯列から外れた位置にあることで、犬歯(糸切り歯)の本来の役割を果たせないためです。八重歯に対して海外では「ドラキュラのように見えて忌避されているから」というありきたりな理由ではありません。
あまり知られていませんが、犬歯は「犬歯誘導(けんしゆうどう)」と言う重要な役割を担っています。
犬歯誘導は、下顎を横にスライドした際に、上下の犬歯同士が接触することで、奥歯が噛み合わず離れる咬合状態を指します。これは頑丈な犬歯が、歯ぎしりなど横方向の力に耐性のない奥歯を守るための重要な機能です。
しかし、八重歯の場合は上下の犬歯が接触せず、犬歯誘導が起きません。それはつまり、奥歯に過度な負担がかかっているリスクが高いと考えられるのです。従って、見た目に問題がない場合でも八重歯の治療を推奨しています。
出っ歯
出っ歯(上顎前突)は、咬み合わせに悪影響を与えている歯並びです。矯正治療により、上下の咬合関係を修正することで、咬合力の適切な分散や、咀嚼機能の改善が期待できます。
また、出っ歯は突出した前歯が、顔のバランスに影響を与えてしまうことが多いため、顔の調和を取り戻すためにも矯正治療が必要になります。(※骨格が原因で出っ歯になっていると診断された場合には、別途外科手術が必要なることもあります。)
受け口
下顎が上顎よりも前方に位置している受け口も、矯正が推奨されている歯並びです。
下の歯が上の歯よりも前方にあることから、正常な咬合と比べて、咀嚼機能の低下や不明瞭な発音を引き起こしやすく、さらにしゃくれているように見えることがあります。
このように機能的な問題に加え、審美的な問題も大きいことから、受け口は矯正治療をした方が良いとされています。
開咬
開咬は、上下の前歯が噛み合わない不正咬合です。
奥歯で噛めても前歯で噛むことができないため、食事において多大な影響を及ぼします。
出っ歯や受け口と違い、外見に大きな影響は与えにくい歯並びではあるものの、咀嚼能力が乏しくなることや、奥歯や顎関節に負担がかかりやすいため、治療が推奨されている歯並びです。
矯正しなくても問題のない並び
すきっ歯
すきっ歯は、主に前歯を中心に生じる、歯と歯の間に空隙(くうげき)のある歯並びです。特に、歯列の中心線である正中にこの空隙が生じやすく、「正中離開(せいちゅうりかい)」とも呼ばれています。
前歯の目立つ場所に発生しやすいすきっ歯ですが、ご自身がその見た目に対して悩んでおらず、奥歯もしっかりと噛み合っている場合は、矯正が必要でないことも多くあります。
ただ、すきっ歯の原因によっても治療の推奨度は異なりますので、矯正医の診断のもと、治療をするかどうかを判断するようにしてください。
軽度の不正咬合
「歯が少し傾いている」程度の軽度な歯列不正で、咬合関係に大きな問題がない場合、ご自身が歯並びを気にしていない限りは無理に矯正治療を行う必要はありません。
しかし、歯科医院で噛み合わせの問題を指摘されたり、日常生活において不正咬合による機能的な障害が起きたりしているのであれば、見た目だけでなく歯の健康のためにも、矯正治療を受けるべきでしょう。
矯正が必要かどうかを判断するためには?
矯正が必要かどうかを知るには、実際に歯科医院へ足を運び、矯正医の診察を受けるのがベストです。
ただ、「まだ治療をするか深く考えていない」「簡素的な基準を知りたい」と言う方は、以下を参考にしてみてください。
矯正した方がいい人
- 口元にコンプレックスがある
- 咀嚼や滑舌に問題がある
- 均等にうまく噛むことができない
- 歯並びが原因で虫歯や歯周病を繰り返している
矯正しなくてもいい人
- 歯並びが気にならない
- 歯列全体でしっかりと噛めている
- 咀嚼や発音に問題がない
- 歯磨きやフロスなどセルフケアが良好
まとめ「見た目だけでなく、機能面も含めて自分の歯並びを知ろう」
今回は「本当に矯正って必要なの?」という点に着目し、専門医の視点から「矯正治療が適している人とそうでない人」について解説をしてきましたが、いかがでしたか?
歯並びや噛み合わせにより、機能的な障害や口腔内の健康にリスクをもたらす場合には矯正治療が必要であると言えるでしょう。一方で、歯並びの不正や機能的な問題、健康への影響がないと判断できる場合には、治療が必要でないケースも存在します。
歯列矯正は、外見や口腔機能を改善できることがありますが、必要性は個人によっても異なるため、まずは専門医との相談を通じて「ご自身の状況を正しく把握すること」が何よりも重要です。
K Braces矯正歯科でも、カウンセリングを通じて歯列の状態や症状、患者さんの要望を総合的に評価した上で、矯正医の立場から治療の必要性についてお話ししております。 矯正治療をするか迷っている方は、まず治療の利点やリスク、費用、治療期間などの情報を得て、ご自身の気持ちや予算、生活スタイルに合わせて判断しましょう。