矯正治療には、歯を抜く「抜歯矯正」と、歯を抜かないで治療する「非抜歯矯正」があります。歯列矯正を考えた時、この抜歯に抵抗があって治療を躊躇している方も多いのではないでしょうか。できることならば健康な歯をそのまま残して、歯並びや噛み合わせを綺麗に治したいですよね。
そこで前回ご紹介した短期間での治療例に引き続き、当院で行った実際の治療例をご紹介しながら、今回は非抜歯矯正と抜歯についてお話ししていきたいと思います。非抜歯矯正のメリットやデメリットをよく理解するためのご参考となれば幸いです。
矯正治療は抜歯が必要?
矯正治療では、必ずしも抜歯が必要になるというわけではありませんが、一部の症例では歯列の調整のため、抜歯が必要になることがあります。これは、歯を並べるために必要なスペースが不足しているためです。
例えば、2人掛けのベンチに無理やり4人が座ろうとしたらどうなるでしょうか?もちろん座れる場所が狭くなり、4人全員がベンチに座ることは難しいですよね。これと同じように、矯正治療でもスペースが足りない状態では、歯を正しく並べることができません。
抜歯する歯は通常、前から数えて4番目の第一小臼歯か、5番目の第二小臼歯ですが、歯の保存状態や診断によっては、異なる歯を抜く場合もあります。この抜歯は「便宜抜歯(べんぎばっし)」と呼ばれ、保険診療の適用外となりますので、1本につき約5,000〜10,000円の費用がかかります。
矯正治療に伴う抜歯は、歯列の配列を適切に行うためであり、一人ひとりの歯並びや骨格の状態、治療計画に基づいて判断していますが、抜歯の基準はドクターによっても異なるため、まずはカウンセリングを通じて詳細を確認してみましょう。
歯を抜かずに治療する場合は?
非抜歯矯正では、治療時に「IPR」という方法がよく用いられています。IPRは、歯と歯の間を薄く削ることでスペースを確保するための処置です。
歯の左右の面を、ヤスリのような道具で薄く削ることで、1つの歯につき約0.5mmのスペースを作り出すことができます。歯並びや歯を支える歯槽骨の状態によっては、前歯を中心にこのIPRを行うことで、歯を並べることができるケースも少なくありません。
IPRのほかにも、矯正装置で歯列を横(側方)に広げたり、奥歯を後方に下げたりすることでスペースを作る方法もあります。ただ、日本人の歯槽骨は元々狭い傾向にあり、歯列の拡大や後方移動だけでは、十分なスペースを確保するのが難しいケースが多いため、IPRと組み合わせることが多いでしょう。
非抜歯矯正のメリットとデメリット
非抜歯矯正のメリット
健康な歯を残すことができる
非抜歯矯正最大のメリットといえば、やはり健康な歯を抜かなくても良いという点です。ひどい痛みのある歯や、ボロボロの歯などはまだしも、状態のいい健康な歯を抜くのは抵抗のある方が多いと思います。将来を考え、1本でも多く歯を残したいという方にとっては、非常に大きなメリットとなるでしょう。
治療期間が短い
抜歯矯正と非抜歯矯正を比較すると、治療期間は非抜歯矯正の方が短くなります。これは、抜歯矯正では歯を抜いたスペースを閉じるために、全体の歯の移動量が多くなることが原因です。
歯を抜いた分大きなスペースを確保できるため、歯を無理なく自然に並べられるという大きなメリットがある反面、抜歯矯正は治療期間が長くなるというデメリットも存在します。治療期間の短縮を重視する場合には、非抜歯矯正が適していることが多いでしょう。
抜歯時の痛みや精神的な負担がない
通常、抜歯をする際は局所麻酔が行われますので、抜歯の処置中は痛みを感じることはありません。しかし、麻酔が切れた後には個人差があるものの、痛みが生じることがほとんどです。 また、抜歯時は不安や緊張による強いストレスを感じる方も多くいらっしゃいます。そのため、治療をするにあたって心身の負担が少なくなるという点も、非抜歯矯正のメリットです。
非抜歯矯正のデメリット
口元が突出する恐れがある
特に、抜歯推奨の方が非抜歯で矯正した際に起こりやすいのが、口元の突出感です。
本来は、歯列を整えるための正しいスペースが確保されると、歯が綺麗に並び、顎先と鼻先を結んだ線であるEラインも整ってきます。
しかし、少ないスペースのまま歯を並べると、前歯が前方に傾きやすくなり、口元の突出感が起こりやすくなってしまうのです。そのため、口元を引っ込めたいという方や、Eラインを重視している場合は、非抜歯矯正では満足のいく治療結果にならないことがあります。
適応症例が限られる
非抜歯矯正は、一部の症例にのみ適応される治療法です。出っ歯や歯のガタガタが著しい、重度の不正咬合の場合には、抜歯をせざるを得ないケースも多々あります。
当院で行なった抜歯・非抜歯の治療例
1.歯が前に出て唇が閉じにくい「上顎前突」の抜歯
主訴(患者様のご要望)
こちらの患者様は上下の歯が前に出て口元がこんもりとしている、いわゆる口ゴボを気にされていました。前歯が前方に突出しているため唇が閉じにくく、閉じようとすると顎に梅干しのようなシワができることにもお悩みでした。
症状
- 上下顎前突(上下の前歯が突出している)
- 叢生(歯の凸凹)
- 口唇閉鎖不全(唇が閉じにくい状態)
治療内容
横から見た時に口元が出ている上下顎前突が、正面から見た時にも唇が閉じにくい口唇閉鎖不全が起こっていました。
このように前方突出が大きい場合には、前歯をできるだけ後方に下げる必要があるため、左右2本、上下合わせて計4本の抜歯を行い、十分にスペースを確保する抜歯矯正を行います。
裏側のワイヤー矯正と併用したのが、歯科用アンカースクリューです。アンカースクリューは、顎の骨に埋め込む矯正用の小さいインプラントで、前歯を引っ張って下げる際に強固なアンカー(支え)となります。
抜歯した分のスペースを利用し、上下の歯をしっかりと後方に下げることができたため、コンプレックスとされていた出っ歯が解消し、治療後は横顔もスッキリした印象となりました。
また、力を入れずに唇を閉じることができるようになり、梅干しジワも改善しています。
抜歯した合計4本分のスペースを閉じる必要がありましたが、矯正用のアンカースクリューを活用したことで、無理なくスムーズな歯牙移動が可能になり、2年3ヶ月で治療を終えることができました。
症状 | ・上下顎前突(上下の前歯が突出している) ・叢生(歯の凸凹) ・口唇閉鎖不全(唇が閉じにくい状態) |
治療法 | 裏側全体矯正+アンカースクリュー |
抜歯部位 | 上顎左右の第一小臼歯・下顎左右の第二小臼歯 |
治療期間 | 2年3ヶ月 |
治療費用 | 上下裏側矯正装置 + 矯正用アンカースクリュー ¥1,210,000 + ¥165,000(精密検査料別) |
リスク・副作用 | ・ブラケット、ワイヤーによる発音への影響 ・アンカースクリュー周囲組織の炎症 ・矯正装置による口内炎 ・治療後の後戻り ・歯根吸収 |
症例紹介ページ
2. 前歯が開いて咬みにくい「開咬」の非抜歯
主訴(患者様のご要望)
写真からもわかるように、こちらの患者様は前歯を中心とした歯のガタつきと、噛んだ時に上下の前歯が開いてしまう歯並びにお悩みでした。また「健康な歯は抜きたくない」という強いご希望もございました。
症状
- 開咬(前歯が咬み合わない)
- 上下前歯の唇側傾斜(前歯が前方に傾いている)
- 叢生(歯の凸凹)
治療内容
こちらの患者様は、前歯で咬むことができない前歯部の「開咬」と呼ばれる不正咬合に加え、叢生があったため、本来であれば抜歯矯正となる歯並びでした。
しかし、健康な歯を抜きたくないとのご希望と診断結果により、便宜抜歯は避け、親知らずのみの抜歯と、歯の側面を薄く削ってスペースを確保するIPRを併用して治療を行いました。
親知らずは他の歯を押すように生え、度々歯並びに悪影響を及ぼしますが、この患者様の場合も親知らずが大きな原因となっていたため、親知らずのみ抜歯を行いました。
さらに、親知らずの抜歯とハーフリンガル矯正と併用したのが、小さな輪ゴムを装置に引っ掛け、ゴムの力で噛み合わせを調整する顎間ゴムです。
顎間ゴムは、ご自身でゴムの装着が必要になりますが、こちらの患者様はしっかりと使用していただき、1年未満の11ヶ月で治療が終了しました。
治療後は、前歯から奥歯までしっかりと咬むことができるようになり、前歯のガタガタも改善して大変綺麗に仕上がっています。
症状 | ・開咬(前歯が咬み合わない) ・上下前歯の唇側傾斜(前歯が前方に傾いている) ・叢生(歯の凸凹) |
治療法 | ハーフリンガル矯正(上顎裏側・下顎表側矯正) |
抜歯部位 | 上下の親知らず(智歯) |
治療期間 | 11ヶ月 |
治療費用 | ¥1,100,000(精密検査料別) |
リスク・副作用 | ・IPRによる知覚過敏 ・ブラケット、ワイヤーによる発音への影響 ・矯正装置による口内炎 ・治療後の後戻り ・歯根吸収 |
症例紹介ページ
3. 歯がガタガタで噛みにくい「叢生」の非抜歯
主訴(患者様のご要望)
上の前歯が歯列から飛び出すようにずれて、片方の奥歯も咬みにくいと悩むこちらの患者様は、正面から見ると前から2番目の歯が斜めに大きく傾いていることでご相談にいらっしゃいました。
また、横から確認すると、前歯が内側に傾いているのに加え、奥歯がうまく咬み合っていないことがわかります。
症状
- 叢生(歯の凸凹)
- 舌側傾斜(上の前歯が内側に傾いている)
- 下顎前歯の先天性欠損
治療内容
このような噛み合わせのズレと重度の叢生がある場合、通常は抜歯矯正が優先されますが、患者様のご希望により非抜歯、かつ矯正用アンカースクリュー(インプラント)を使用せずに治療を行いました。
非抜歯かつアンカースクリュー不使用の治療となるので、顎間ゴムを使用していただきながら、上の奥歯を後方に下げて配列のためのスペースを確保します。
さらに、当院で取り扱っているオーダーメイドの「カスタムワイヤー」を使用することで、より効率的かつ正確に歯をコントロールして治療を進めていきました。
患者様のゴム掛けや、しっかりと通院していただけたこともあり、当初予定していた治療期間である2年半よりも1年も早い、1年5ヶ月で治療が完了しました。
治療前と比べ、正面から見て綺麗なスマイルラインが見えるようになり、横から見てもしっかりと咬み合うようになったのがわかります。
※こちらの患者様は、下顎の前歯が1本、先天的に欠損しているため、咬み合わせを考慮して正中を調整しています。
症状 | ・開咬(前歯が咬み合わない) ・上下前歯の唇側傾斜(前歯が前方に傾いている) ・叢生(歯の凸凹) |
治療法 | 裏側全体矯正 |
抜歯部位 | なし(非抜歯) |
治療期間 | 1年5ヶ月 |
治療費用 | ¥1,210,000(精密検査料別) |
リスク・副作用 | ・歯肉退縮によるブラックトライアングル ・ブラケット、ワイヤーによる発音への影響 ・矯正装置による口内炎 ・治療後の後戻り ・歯根吸収 |
症例紹介ページ
まとめ「できる限り健康な歯を残すことに努めています」
矯正治療やそれに伴う抜歯は、将来の人生に大きな影響を与える重要な決断です。しかし、その判断は患者様だけですることはできないため、専門の医療機関で精密な検査と歯科医師による診断が必要になります。
当院は、患者様にメリットとデメリットを詳しくご説明し、納得と同意を得るためのインフォームドコンセントを徹底のうえ、患者様のご希望を尊重した矯正治療を行なう矯正治療専門のクリニックです。経験豊富な矯正専門医が患者様のご希望をお聞きし、共に最良の治療プランをご提案いたします。 どのような治療方法があるか、歯を抜かずに治療できるかを知りたいという場合には、お気軽にK Braces矯正歯科にてご相談ください。無料カウンセリングでお待ちしております。
矯正歯科治療に伴う一般的なリスクや副作用について
- 最初は矯正装置による不快感、痛み等があります。数日間~1、2 週間で慣れることが多いです。
- 歯の動き方には個人差があります。そのため、予想された治療期間が延長する可能性があります。
- 装置の使用状況、顎間ゴムの使用状況、定期的な通院等、矯正治療には患者さんの協力が非常に重要であり、それらが治療結果や療期間に影響します。
- 治療中は、装置が付いているため歯が磨きにくくなります。むし歯や歯周病のリスクが高まりますので、丁寧に磨いたり、定期的なメンテナンスを受けたりすることが重要です。また、歯が動くと隠れていたむし歯が見えるようになることもあります。
- 歯を動かすことにより歯根が吸収して短くなることがあります。また、歯ぐきがやせて下がることがあります。
- ごくまれに歯が骨と癒着していて歯が動かないことがあります。
- ごくまれに歯を動かすことで神経が障害を受けて壊死することがあります。
- 治療途中に金属等のアレルギー症状が出ることがあります。
- 治療中に「顎関節で音が鳴る、あごが痛い、口が開けにくい」などの顎関節症状が出ることがあります。
- 様々な問題により、当初予定した治療計画を変更する可能性があります。
- 歯の形を修正したり、咬み合わせの微調整を行ったりする可能性があります。
- 矯正装置を誤飲する可能性があります。
- 装置を外す時に、エナメル質に微小な亀裂が入る可能性や、かぶせ物(補綴物)の一部が破損する可能性があります。
- 装置が外れた後、保定装置を指示通り使用しないと後戻りが生じる可能性が高くなります。
- 装置が外れた後、現在の咬み合わせに合った状態のかぶせ物(補綴物)やむし歯の治療(修復物)などをやりなおす可能性があります。
- あごの成長発育によりかみ合わせや歯並びが変化する可能性があります。
- 治療後に親知らずが生えて、凸凹が生じる可能性があります。加齢や歯周病等により歯を支えている骨がやせるとかみ合わせや歯並びが変化することがあります。その場合、再治療等が必要になることがあります。
- 矯正歯科治療は、一度始めると元の状態に戻すことは難しくなります。