歯の矯正治療において近年注目を集めており、今後もさらに重要性が高まるとされているのが「アンカースクリュー矯正」です。
アンカースクリューを併用した矯正治療は、口ゴボやオーバーバイトなど、特定の不正咬合に対し、大きな治療効果を発揮します。
では、このアンカースクリュー矯正とは、従来の治療と一体どのような違いがあるのでしょうか。本記事では、アンカースクリュー矯正の特徴やメリットなどについて詳しく解説いたします。当院での実際の治療例もご紹介いたしますので、ぜひ最後までご覧ください。
アンカースクリューとは
アンカースクリューとは、歯科矯正治療に使用される、補助的な装置です。金属製の小さなネジ状の装置で、歯を支えている歯槽骨に埋め込み、固定して使用します。アンカースクリューは人体と親和性が高いチタン製で金属アレルギーが起こりにくく、体への負担が少ないため、安全性に優れているのが特徴です。
埋め込んだアンカースクリューは、歯を引っ張る際の固定源、つまり基準点として使用します。簡単に言うと、船のいかりのような働きです。強固なアンカースクリューは、歯を動かす際の理想的な固定源となるため、治療効果の向上が期待できるとされています。
日本では、その有用性と安全性が確保されたことから、厚生労働大臣により平成24年に「歯科矯正用アンカースクリュー」として薬事承認されました。
アンカースクリューの適応症
アンカースクリューは、全ての歯並びに適応しているわけではありません。以下は、アンカースクリュー矯正に適した症状です。
- 強固な固定源が必要な上下顎前突、上顎前突、叢生
- 歯を押し込む圧下が必要な開咬(オープンバイト)、過蓋咬合(オーバーバイト)
- 歯列を全体的に下げる必要のある上顎前突、受け口
- 先天欠如歯が多数存在する不正咬合
▼参考
なお、重度の全身疾患、妊娠期、糖尿病など一部の方は、持病や全身状態によっては適応外になる場合もあります。
また、小児期の場合には、アンカースクリューの脱落(本来の位置から緩んで取れてしまうこと)が多くあり、安全性についてのエビデンスが不十分なため、積極的な使用はされていません。
口ゴボ治療とアンカースクリューの相性
口ゴボ(上下顎前突)はアンカースクリューの適応症として非常に最適であり、相性のいい症例です。
口ゴボは、上下の歯列が前に突き出ている状態を指します。顔を横から見た時に、Eライン(鼻先から顎先までを直線で結んだ線)から唇が大きく突出しているのが特徴です。また、歯が前に出ていることから唇を閉じにくい「口唇閉鎖不全」の症状がみられ、顎に梅干し状のシワが現れることも多くあります。
口ゴボは多くの場合、顔貌だけでなく噛み合わせにも悪影響を与えているため、矯正治療が適用される不正咬合です。矯正治療においては、歯列を全体的に下げたり、抜歯をして前歯を最大限後ろに下げたりする必要があります。
アンカースクリューのメリットとデメリット
メリット
1. 外科手術を回避できることがある
不正咬合の程度によっても異なりますが、アンカースクリューを使用することで、外科手術を回避し、矯正治療のみで不正咬合を治せる可能性があります。これは、アンカースクリューによって、奥歯の前方移動を避けられるためです。
従来の方法では、小臼歯を抜歯した際、前歯を下げるときの固定源として奥歯(大臼歯)を使用していましたが、この方法では奥歯が前に引っ張られる可能性が高く、抜歯スペースに向かって歯が前方に移動してしまうという問題がありました。本来であれば避けたいこの奥歯の前方移動により、前歯を下げるための距離が狭まってしまうのです。
しかし、アンカースクリューは奥歯の位置はそのままに、前歯のみを下げられます。前歯を下げる移動量が増えることから、重度の出っ歯などでも、矯正治療だけで効果的な治療結果が得られる症例も増えています。また、奥歯を含む歯列を全体的に下げることもできるため、非抜歯での治療が可能になるケースもあります。
▼当院での治療例
外科的矯正を避け、アンカースクリューを併用した矯正治療のみで口ゴボを改善した症例
ただ、アンカースクリューを併用した矯正治療でも、顎の位置や形状を変えることはできません。顎の修正が必要な重度の不正咬合の場合には、顔貌、噛み合わせを根本から改善できる外科的矯正治療をおすすめします。
2. 治療がスムーズに進む
アンカースクリューは、骨にしっかりと固定され、歯に対して正確に矯正力を伝えられます。これにより、歯の移動や位置調整などのコントロールがしやすく、奥歯の前方移動など、不要な動きを最小限に抑えられるため、効率的に歯を動かせるのです。
治療自体のスピードを早めるというよりも、無駄の少ない治療ができることから、治療をスムーズに進められるということになります。
3. 顎外固定装置が不要
抜歯治療においてできる限り前歯を下げる際には、「ヘッドギア」と呼ばれる顎外固定装置が使われていました。ヘッドギアは頭からすっぽりと被るタイプの矯正装置です。子どもの場合は、上顎の過度な成長を抑制するための装置として使われますが、成人の場合には強固な固定源を確保するための装置として使われます。
ただ、1日あたり10時間以上の使用が必要であるため、成人での使用は現実的ではなく、治療結果も患者さまの協力度に依存してしまうのが欠点です。
一方、アンカースクリューは固定式で小さいため違和感がほとんどない装置です。ヘッドギアのような顎外固定装置を使用しなくても、快適に一定の治療効果が得られるのは、アンカースクリューのメリットの一つと言えます。
デメリット
1. 脱落や腫れのリスクがある
アンカースクリューは、最終的に除去することを前提として使われるため、骨と結合することはありません。よって、治療の途中で絶対に取れないということはなく、術後の感染や過度な矯正力、骨が薄い場合などでは、アンカースクリューが緩んだり、そのまま抜け落ちたりすることがあります。この場合、再度アンカースクリューを埋め込む処置が必要です。
また、比較的軽度ではあるものの、術後には腫れや痛みが生じることも少なくありません。術後の感染を防ぐためにも、処置後は担当医の指示を守り、アンカースクリューの周囲も含めて口腔内を清潔に保つ必要があります。
2. 追加の費用がかかる
矯正用アンカースクリューは、適応症例が限られるため、一般的には通常の矯正治療費の中には含まれていません。よって、別料金のオプションとなり、1本あたり約3〜5万円ほど追加で費用が発生します。
3. 歯根を傷つけるリスクがある
埋め込む位置の設定に誤りがあると、アンカースクリューが歯根(歯の根っこ)に接触し、傷つけてしまうことがあります。この場合、アンカースクリューを取り出し、再度埋め込む処置が必要です。傷ついた歯根は基本的には再生するものの、追加で処置が必要になるため、治療完了までの期間が少し長くなると言えるでしょう。
ただ、3 Dで歯根の位置や形を確認できるCT撮影の実施と、それを基に行う徹底した治療計画の立案により、このようなリスクは大幅に軽減できます。
アンカースクリュー矯正はどこでも受けられる?
アンカースクリューによる矯正治療は、すべての歯科医院で受けられるわけではありません。その理由は、以下の2つにあります。
専門的な技術と経験が必須である
歯科矯正に精通する医師が在籍していない歯科医院の場合、アンカースクリューを併用した矯正治療を提供することは難しいでしょう。なぜなら、アンカースクリューによる矯正治療は、埋入時の正確な位置設定や、歯を引っ張る際の適切な力のコントロールが求められるからです。アンカースクリューの治療には、矯正治療に関する専門的な技術に加え、十分な知識と経験が必須といえます。
十分な設備を整えている必要がある
アンカースクリューの埋入および治療には、特定の設備や環境が必須です。万全を期して治療するためにも、アンカースクリューを埋め込むドライバーはもちろん、正確な位置設定のためのCT撮影装置、感染を防ぐための滅菌器なども欠かせません。
このように、アンカースクリューを使用した矯正治療は、歯科矯正に精通した歯科医師と、適切な設備や環境がそろった専門的な歯科医院で提供されます。診断、埋入位置、使用方法など、これらが適切でなければ、アンカースクリューを入れてもその効果は発揮されないといってよいでしょう。
施術時や治療中の痛みは?
ネジを骨に埋め込むと聞くと、痛みが心配になる方が多いのではないでしょうか?実際、アンカースクリューの仕組みだけを聞くと、「痛そうで怖い」と思いますよね。しかし、意外にもアンカースクリューは痛みの少ない治療でもあるのです。
施術時の痛み
アンカースクリューを埋め込む際には、しっかりと麻酔を効かせるため、施術中には痛みを感じません。アンカースクリューを入れる処置自体も、早ければ1本あたり5〜10分で済み、出血も微かな量です。
また、使用するアンカースクリューは直径2mmほど、長さは場所によって異なりますが、約6mm〜10mmの非常に小さいサイズです。麻酔が切れた後の腫れや痛みも、外科処置の中では比較的少ない傾向にあります。
ただ、術後から数日は多少の痛みを感じることもあるため、口腔内を清潔に保ちながら、必要に応じて処方された痛み止めを服用し、痛みが落ち着くのを待ちましょう。
治療中の痛み
治療中にアンカースクリューを使用し、歯を引っ張る際にも痛みを感じることはほとんどありません。
また、アンカースクリューは、最終的に取り外す必要がありますが、この処置でも痛みを感じることは稀です。必要に応じて、表面麻酔や通常の麻酔をすることもありますが、麻酔をせずそのままアンカースクリューを除去するケースも少なくありませせん。
このように、アンカースクリューを初めて入れた直後は、多少の痛みを感じることがあるものの、その後の治療中や最後に取り外す際にも、痛みは生じにくい装置です。通常の歯科治療で感じる、歯を削った時のような痛みや、歯を抜いたときの痛みと比べると、非常に少ないといえるでしょう。
アンカースクリューを使った治療例
当院で実際にアンカースクリューを使用して、重度の口ゴボを治療した症例を2件ご紹介いたします。
治療例① 重度の口ゴボ
治療前
まずは治療前の状態です。口腔内では前歯が前方に傾斜しています。傾斜した前歯の影響で、横顔をみた時にも口元が前方に突出しているのがお分かりいただけるでしょうか。
この患者さまは、上下の前歯が出ている口ゴボ(上下顎前突)であり、突出した前歯により唇が閉じにくい状態でもありました。
治療中
治療を始め、抜歯をして装置とアンカースクリューを装着した状態です。抜歯したスペースを利用し、裏側矯正とアンカースクリューを併用して、前歯を下げていきます。
アンカースクリューを入れる部位は、治療方法や歯並びによっても異なります。この患者さまは、裏側矯正であることや、左右の抜歯スペースを閉じて前歯を下げることなどから、歯の裏側に左右合わせて2本を埋め込みました。
奥歯の近くにある丸い金属がアンカースクリューです。非常に見えにくいですが、透明なゴム(パワーチェーン)で前歯6本をチェーンのように繋ぎ、そこからアンカースクリューに引っ掛けています。こうすることで、奥歯の前方移動を防ぎながら、抜歯したスペースを最大限に使用して前歯を後ろに下げられるのです。
治療後
治療前と比べると、突出していた上下の口元が下がり、Eラインがとても綺麗になりました。口腔内を見ても前歯の出っ張りは消失し、唇も閉じやすい理想的な状態で治療を終えています。
治療の詳細
症状 | ・口唇閉鎖不全 ・上下顎前突(歯槽性) ・上下顎の中等度叢生(歯の凸凹) |
治療法 | 裏側(リンガル)矯正装置、アンカースクリュー |
抜歯部位 | あり:上顎の左右第一小臼歯(計2本)、下顎の左右第二小臼歯(計2本) |
治療期間 | 2年6ヶ月 |
治療費用 | ¥1,210,000 + ¥165,000(精密検査料別) |
リスク・副作用 | ・治療中の虫歯 ・上下顎前歯の歯根吸収 ・装置による口内炎 ・治療後の後戻り ・歯肉退縮 ・歯が動くときの痛み ・アンカースクリュー部位の炎症や脱落 |
症例紹介ページ
治療例② 中〜重度の口ゴボ
治療前
横から見たお顔とお口の状態です。前歯が上下とも前方に傾斜しているため、Eラインから口元が大きく突出しています。
こちらの患者さまは、前歯の突出により唇を閉じにくいなどの機能的な問題のほか、口ゴボの見た目を気にされて、笑顔を作りにくくなっていたことも大きな問題点でした。
治療中
突出した前歯を後ろに下げるため、上顎を2本、下顎を2本、合わせて4本の抜歯をします。
その後アンカースクリューを使用し、噛み合わせや歯並びを調整しながら前歯を下げていきました。このように、アンカースクリューは歯を抜いた分のスペースを最大限利用できるため、口ゴボや出っ歯の治療に適しています。
治療後
こちらは治療後のお写真です。抜歯分のスペースを使い、前歯を可能な限り下げたことにより、上下ともに出っ歯が改善され、上下の噛み合わせも正常になりました。
横顔のお写真を見ていただけるとわかるように、口元全体が下がったことにより、口ゴボも大きく改善しています。
治療の詳細
症状 | ・口唇閉鎖不全 ・上下顎前突(歯槽性) ・上下顎の中等度叢生(歯の凸凹) |
治療法 | 裏側(リンガル)全体矯正装置、アンカースクリュー |
抜歯部位 | あり:上顎の左右第一小臼歯(計2本)、下顎の左右第二小臼歯(計2本) |
治療期間 | 2年2ヶ月 |
治療費用 | ¥1,210,000 + ¥165,000(精密検査料別) |
リスク・副作用 | ・治療中の虫歯 ・上下顎前歯の歯根吸収 ・装置による口内炎 ・治療後の後戻り ・歯肉退縮 ・歯が動くときの痛み ・アンカースクリュー部位の炎症や脱落 |
症例紹介ページ
まとめ「口ゴボ治療との相性も良いアンカースクリュー矯正」
矯正用アンカースクリューには、「外科手術のリスクを軽減してくれる」、「矯正治療をスムーズにしてくれる」、「煩わしい装置が要らない」といった3つのメリットがあります。
アンカースクリューは、前歯を下げる必要のある歯並びと相性が良いため、重度の口ゴボ治療に対して、優れた治療効果をもたらすことがあります。
ただし、費用や脱落などのデメリットもあるため、矯正医のアドバイスを受けながら、治療について十分に理解した上で選択することが大切です。
K Braces矯正歯科では、歯の根っこや骨の情報を把握できる歯科用CTや、3Dデータを取り込んで治療計画を設計する、シュアスマイル(suresmile system)を導入しているため、アンカースクリュー矯正も安全、かつ精密に行える診療環境を整えています。
アンカースクリューは、すべての症例に適しているわけではないため、当院では矯正治療に精通した歯科医師が、口腔状態や治療目標を見ながら患者さまに合わせた治療プランを提案します。
自分がアンカースクリュー矯正の適応なのか、アンカースクリューを使用した方がいいのかなどのお悩みがある方は、まずはお気軽に無料カウンセリングでご相談ください。
なお、カウンセリング時、もっと詳しい情報を知りたいという方は、歯科用CTの撮影をして治療プランを提案する、有料カウンセリング(税込¥5,500)をおすすめいたします。
矯正歯科治療に伴う一般的なリスクや副作用について
- 最初は矯正装置による不快感、痛み等があります。数日間~1、2 週間で慣れることが多いです。
- 歯の動き方には個人差があります。そのため、予想された治療期間が延長する可能性があります。
- 装置の使用状況、顎間ゴムの使用状況、定期的な通院等、矯正治療には患者さんの協力が非常に重要であり、それらが治療結果や療期間に影響します。
- 治療中は、装置が付いているため歯が磨きにくくなります。むし歯や歯周病のリスクが高まりますので、丁寧に磨いたり、定期的なメンテナンスを受けたりすることが重要です。また、歯が動くと隠れていたむし歯が見えるようになることもあります。
- 歯を動かすことにより歯根が吸収して短くなることがあります。また、歯ぐきがやせて下がることがあります。
- ごくまれに歯が骨と癒着していて歯が動かないことがあります。
- ごくまれに歯を動かすことで神経が障害を受けて壊死することがあります。
- 治療途中に金属等のアレルギー症状が出ることがあります。
- 治療中に「顎関節で音が鳴る、あごが痛い、口が開けにくい」などの顎関節症状が出ることがあります。
- 様々な問題により、当初予定した治療計画を変更する可能性があります。
- 歯の形を修正したり、咬み合わせの微調整を行ったりする可能性があります。
- 矯正装置を誤飲する可能性があります。
- 装置を外す時に、エナメル質に微小な亀裂が入る可能性や、かぶせ物(補綴物)の一部が破損する可能性があります。
- 装置が外れた後、保定装置を指示通り使用しないと後戻りが生じる可能性が高くなります。
- 装置が外れた後、現在の咬み合わせに合った状態のかぶせ物(補綴物)やむし歯の治療(修復物)などをやりなおす可能性があります。
- あごの成長発育によりかみ合わせや歯並びが変化する可能性があります。
- 治療後に親知らずが生えて、凸凹が生じる可能性があります。加齢や歯周病等により歯を支えている骨がやせるとかみ合わせや歯並びが変化することがあります。その場合、再治療等が必要になることがあります。
- 矯正歯科治療は、一度始めると元の状態に戻すことは難しくなります。